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一定期間更新がないため広告を表示しています


 さて。
首都からも戻り、任地で今まで道理の生活に戻りました。
明日配属先でバレーボールの試合ということなので
午前中は休み→夜更かし

ということで
先日の首都で見てきたモンゴルのバスケについて。
まずモンゴルでは
バスケットボール(Basketball)
と言わずに
サグサンブンブグ(Сагсан бөмбөг)
と言います。
まぁ通じないわけではないんやけど
子供(特に小学生)には通じないことが多いかも。
まぁ日常会話では常にモンゴル語で話してます。

とまぁ
前置きはこれぐらいにして。。。
首都滞在中にで見てきた試合は…
・社会人(かな?)
・プロ
・高校生
の3種類。

そしてこれがプロの試合のコート

モンゴルの首都UBのど真ん中にあります。
(来月から新しい体育館に移動だとか…)
ちゃんと新コートに対応してて、試合球もmoltenです。

でも床の状態は日本レベルでよくないです。
でも基本的にガタガタの床でやってるモンゴルからすれば
ほとんど平らなのでいい床と言えるでしょう♪

で、肝心のレベルは…というと
ある人から赴任前に「日本のIHレベルだ」と聞いてましたが、
やっぱりIHの強豪校と同じくらいでしょう。

ちょっとバスケ弱小国日本のJICAボランティアにバスケの要請が挙がるのも納得。
が、
今シーズンからなんとアメリカ人選手が3人も参戦してます。
もっとレベルが上がるのは間違いないと思う。

んで高校生。
高校生はというと

試合の模様はこんな感じ。

日本では考えられないくらいの人が見に来ている。
ちなみにこっちの床はガタガタ。
それでも
走る走る
ドリブルするする
すごくアグレッシブなバスケ!!

とまぁ
こっからは総括に入るわけですが、、、
モンゴルのバスケットを見てまずは選手のことについて

日本人よりも格段にいいフィジカル面があると思う。
よく飛ぶ上に強い。
メンタリティは国民性からかSELFISHな面は否めないが
その分負けん気の強さ、ストイックな面は垣間見える。

バスケットとしては
O:D=9:1
といった感じかな?もうオフェンス大好き。
ディフェンスもブロックしてなんぼみたいなところがある。
ゆえに選手は点を取りたがり、点を取ったか、勝ったか負けたか
ばっかりを見ている。
おっとでもこっちは指導者の問題。
これから俺の活動に直結するところ!!

でも配属先において小学生なんかを見ているとメンタリティも日本と対して変わらない
身体能力を考えるとかなり面白いことになりそうな予感がしてやまない。

そんなこんなで
首都に上がってモンゴルバスケの最高峰を見て
日々の活動にやる気が出てきたこの頃でしたー


MIC


 どうもこんばんわ現在−20度
一番寒い時期は過ぎたか?!
首都ウランバートルはモンゴルJICVドミから更新です。

はい。
なぜ首都に上がっているのか?
という話。

この前の土曜日のツァスニーバヤル(前話参照)の時のこと…

祭りも終わり
われらスポーツ委員会の面々は大会の実行委員として
散々盛り上げた疲れも感じさせぬまま
その場(雪原)で余韻に浸っていました。

周りは帰りだし、
こっちも一足遅く片づけをして
さぁ帰ろう







迎えの車は?!

来てない

オイ。
日ハ トウニ 没シタゾ。



10分後
まだ来ない

焚火の火が小さくなっていくのを感じながらも
皆で集まって暖をとる我らスポーツ委員会の面々。
(−20度以下)

何もない所

この気温

消えゆく火

冷えゆく身体

夜が来る

とり残された?

生命の危機 生命の危機
生命の危機 生命の危機
生命の危機 生命の危機
生命の危機 生命の危機
生命の危機 生命の危機
生命の危機 生命の危機
生命の危機 生命の危機
生命の危機 生命の危機
生命の危機 生命の危機
生命の危機 生命の危機
生命の危機 生命の危機
生命の危機 生命の危機
生命の危機 生命の危機
生命の危機 生命の危機

車はまだ来ない

そして我らスポーツ委員会のとった行動は
40度のウォッカを回し飲みして





シャトルラン

みんなで綱引き

酒の力を借りつつ動いて体を温めるという明らかな強行策。

吐きそうでした。

でもおかげで?寒さを乗り越え
車もその後無事に現れ
やっとの思いで我らがスポーツ委員会に帰ることができた。

んで
ちょっと荷物を片づけて。。。

事務所で残った酒ともうちょっと買ってきた酒
どこから持ってきたのかわからない
持ち寄りの料理(もちろんモンゴル料理)で

打ち上げが始まる!!

んで
料理を口にした瞬間

ガリっ







ん??

???

???

はい。
詰めていた銀歯が取れました。

というわけ治療のためたまたま首都で仕事のあったCPと共に
まさかの赴任2週間で首都に戻ってきております。
(JICAモンゴルでは赴任後3ヶ月間任地から出てはいけないルールがあるが…)

ちなみに歯科治療は終わり
今はCPにくっついてバスケ三昧のUBlifeです。

試合観戦ばっかりやけどね。

おかげでモンゴルのバスケットのTOPレベルも見れたし
首都に上がっている甲斐がある♪

あ。
ちなみにJICA紹介の歯医者さんは

・日本の歯科大学卒の医師
・日本語ペラペラ
・機材も日本からの輸入

という
言うことないレベル。
さすがはお国の機関ですね。

僕たちは恵まれています。
恵まれすぎか?

ということで
そんなこんなの首都ウランバートルからお届けしました。


MIC


 さて家にINTERNET
来たのでやっとの更新です。

2月1日に任地Багануур(バガノール)へ配属されました。
やっと2年が始まった感じです。

配属先はスポーツ委員会
選手は感覚的にスポーツ少年団的な感じかな??
CPも28歳で年も近いしイィ感じの人。
配属早々ツァガーンサルと言って旧正月の休み

バスケをしよう!

ということでモンゴル初プレーをしてまいりました
こんな感じ


で。
活動先のことについては追々書くので
この辺で・・・

今日はЦасны Баярと言って直訳すると「雪祭り」でした。

何をしたかというと
・・・

草原に行ってみんなで遊ぶ!
といっても今は雪原ですが・・・

-20度の中
大人も子供も関係なく遊びっぱなしでした。

ソリのレースやったり
障害物競走やったり(写真)
最後は綱引き

完全に配属先がスポーツ委員会なのでCPを始め
同僚はみんな張り切って運営してました。
が俺はというと

寒すぎて死んでました。。。

でも初めてモンゴルらしいところに1日中いました。
見渡す限りの平原
快晴の澄み渡った高い空

なんか
今更ながら
モンゴル来たなぁー

って思った。

任地バガノールは田舎でこじんまりした町やけど
首都よりも空気がきれいで
人も少なくて
時間がゆっくり流れている
でも
生活するうえで物には困らないっていう
いい町です。

とりあえずはまずモンゴルに、んでバガノールに慣れようと
肩の力を抜いて過ごそうと思う。

最後にモンゴルらしい写真を貼って。



MIC


ᠰᠠᠶᠢᠨ ᠦᠦ᠃

 はい。
こんばんわ。−25度です
今日はそんなに寒くないウランバートルです。

そろそろ任地バガノールへでの即位の時期も近づき
ここJICAのドミを出る日が近づいてきました。

今更なんやけどドミの紹介を。

ここJICAのドミ(通称シュレンшүрэн)は
寝室:2
リビング:1
キッチン:1
ユニットバス:2
PCルーム兼会議室:1

まぁ広い感じです。

まずは寝室
二段ベッドが並んでいて2部屋合わせて最大14人分のベッドがあります。
この前の隊員総会の時はベッドが足りなかったけど
今隊次は4人なので悠々と使ってる!!

んでリビング

こんな感じ。
両サイドには過去の隊員が残していった書籍やVHS・DVDなんかが山盛りです。
そしてこのソファーが気持ちいい。
いっつも寝てます。。。
そしてここがそう。
モンゴルネーム誕生の場所。

ほんでもってバスルーム

結構きれいです。
最近は給湯器が微妙でお湯が出ない時間もあるけどなかなか快適に使える♪
でも無駄に広いw

最後にPCルーム

いまここで打ってるんやけど
PC3台常設+2台までインターネット回線利用可能な申し分ない環境です。
ここに置いてある書籍は基本的に専門書。
なかなかの品ぞろえにビックリしたぐらい。
インターネットは…というと日本と比べればかなり遅いです。
でも不満はないねー。
ネットができるだけ幸せや!!

とまぁこんな感じ♪

ちなみにモンゴルはアホほど寒いから窓が2重。
その窓の間が今は冷蔵庫になってて野菜やパンなんかを保存してる。

この環境…不満はほとんどない。
唯一上げるならばキッチンの電気調理器のクオリティの低さぐらいなもんで
地方隊員の状況次なんかは利用される先輩も多い。

衛生面も結構きれいでさっき床に落としたチーズを
拾ってもっかい食べても問題ないぐらい♪
暖房もめっちゃよく効いてて今は半袖半ズボン(外気温−25度)です。
というわけで一旦帰ってくると本気で外に出たくなくなる!!

まぁそんなシュレンをもうすぐ・・・明後日に出るわけですが
正直実感がない。
行ってしまえば!!といういつも通りな感じやね。

さてさて首都UBからの更新は今回がたぶん最後。
次は大奥バガノールから更新になると思うー

ほなほな


mic


ᠰᠠᠶᠢᠨ ᠦᠦ᠃ 
 
сайн уу??

はい。
初めてモンゴル語使いました。

サイノー??と読み意味は英語で言うところの“Hi”といった感じです。
ちなみに上が伝統的なモンゴル文字といわれるもので、こう見えて縦書きです。
下は今現在モンゴルで一般的に用いられているキリル文字です。

なぜ今となっては必要のないモンゴル文字(上)を知っているのか?
ということはさて置き
今日は任地についてちょっと書いてみたいと。。。

今は首都のウランバートル(UB)にいるんやけど
2月からバガノールっていう小さい町(人口約2万)に派遣されます。

そこで2年間を過ごしながら
その地のジュニアユース、ユース&そのチームのコーチに
バスケを教えるのが要請内容なんだわ。

バガノールはUBからバスで2時間ぐらいの近い町でとってもいいとこらしいです♪
現在JOCV・KOICA(韓国)・PeaceCorps(米)のメンバーがいるらしい。
われらJOCVは俺で6人目。



しかし

先輩5名はすべてという奇跡。
モンゴルJICA内では「大奥」と呼ばれる有名な町です。

そーなんですねー。
はい。
そんな大奥に派遣です。

2年

笑えたねw

でもでも
もうその先輩隊員5人には会ったんやけど
みんなめっちゃおもろい人で楽しそうな生活ができそうです♪

はい。ここから本題。
そんな大奥に派遣される俺は
モンゴルに来る前からモンゴル国内のメンバーの中で
ちょっとした有名人でした。

というのもバガノールのメンバー(一般的にバガ女と呼ばれる)がこれまた愉快な人々で
男性隊員派遣でにわかに湧きだってたそうな。
そして年を越す前に早くもあだ名が・・・

殿

でた。
分かり易!!w

しかし赴任の少し前に年齢が伝わったらしく



に変更。w

そして俺がモンゴルにきてから
「若はさすがにちょっとー・・・」ってなったらしく

ミッキー

を頂く。

しかし
話が弾むにつれ慣れ親しんでいたのか「若」と呼ばれだし
ついに俺が・・・

「もう若でいいですよ♪」

言っちゃったー!!


この瞬間モンゴルJOCVの間で俺の名前が「若」になりました。
最近では自己紹介で名前を言うより
ご存知かと思いますが、僕がバガノールの若です
って言ったほうが伝わる始末w

というわけで一応のモンゴルネームができました。
若(ワカ)です。
みなさま今後ともバガノールの若ことmicをよろしくお願いいたします。
正直言って「若」はかなり気に入ってます♪

ちなみにやっとタイトルの話ですが
任地バガノールへの実際の派遣は2月1日の予定です。

モンゴルの大奥、バガノールに2月1日
即位
して参ります。



mic


こんばんはー−27度です。

さてモンゴルに来て早くももう2週間以上が経ち
まぁ気候なんかにはけっこう慣れました♪

まぁ知ってのとおりここモンゴルはクソ寒いです。
今も外は−25度ですねー
でも最近は慣れてきたせいかそんなに寒くないです。
というのも−20度には壁があって日中それ以下にならないと寒くない
って感じです。
つまり
−10度台は暖かい!!

一方で室内がめっちゃ暖かいこの国・・・
しかも現在の住処であるJICAのドミ(in ulaanbaatar)は暖かいほうで
室内では半袖半ズボンで過ごしてるって感じ!!

そんなJICAドミも金曜にあった隊員総会の関係で
この週末は賑わった♪
定員14人のところに20人以上が宿泊したりなんかして
先輩隊員との交流がかなりできました。

みなさんおもろい人ばっかりで今日も(同期をほったらかして?)一緒にランチ食ったり
晩御飯はみんなで作って一緒に食べたりしてました♪

ここウランバートルはモンゴルの最大都市で人口が270万分の120万くらいいて
都会です。
俺自身4年半前に一回大学のツレと来たことがあるねん。
ほんでこないだその時にモンゴルの子供と一緒にバスケしたストリートコートに
行ってみた


こんなとこ。

懐かしかったねー♪
さすがに冬やで誰一人バスケしてなかったけど
モンゴルにはこんな感じのストリートコートが至る所にある。
ある意味日本よりもバスケ環境は整ってるかも??

もっと暖かくなったらそこら辺のストリートコートをボール片手に廻ってやろう。

明日からまた新しい1週間が始まる。
現地語学訓練もあと1週間ちょっとやでできるだけモンゴル語に触れていこうと考えている
今日この頃でしたー。。


mic


ども。

今日は日曜日。
2回目の週末でした。
一通り首都での表敬訪問も終わり、今は2月1日引っ越し(予定)に向けて
ひたすら現地語学研修の毎日です。

今週末は同期隊員の友達のモンゴル人の家にお邪魔して1泊した。
初めてのアルヒ(モンゴルのウォッカ)を経験

見事に撃沈。
でもなかなかモンゴルの人たちは楽しくて
楽しい時間を過ごせたで
しかも水曜日には彼らとモンゴルでの初のバスケができるかも♪

そんな週末を過ごしていた。

一方で生活のほうはというと現在はJICAの連絡所(通称シュレン)に仮住まい中。
ここはJICAのボランティアの首都での宿泊施設兼集合場所みたいなトコで
先輩隊員等ソコソコ人の出入りがあるトコ。

今日も晩御飯を先輩隊員(柔道)と一緒に食べた。
シュレンは綺麗とは言い難いが汚くもなく、なかなか過ごしやすいところで
大量の漫画や本資料なんかに囲まれながら生活している。
不満を上げればインターネット環境が悪いぐらいかな。。。

昼飯はもっぱら語学学校の食堂で、
晩飯は毎日基本的には同期4人で自炊。
今日は奮発してバーモンドカレー(もちろん羊肉)を作りおいしくいただいた。

やっぱりモンゴルは野菜が少なくて(果物のほうが少ない)
ビタミン減には少々困るけど
飯は日本と近いだけあってか、米とかはまぁおいしい。

寒さにも慣れてきたし
−20以下にならないと「寒い」って言わなくなったし
だいぶモンゴライズされてきてるのか??

明日からはまた語学訓練で新しい1週間が始まる。

あ。
明日は先輩隊員(体育)の家にお邪魔して一緒に晩飯食う予定♪
結構この国も(寒さを除けばw)面白いことに気づいてきたし
水曜にバスケできたらもっとモチベーションが上がるんやろな!!

とまぁ
箇条書きみたいになったけど俺元気に過ごしてる!!
以上!!


mic


 モンゴルに着いた。

出発の前日は成田に行き同期の隊員を見送った。
みんないい顔して出発して行ってましたー


残った6日出発組の前日泊の面々で
ひとまず日本最後の飲み会。
ナベを食った。
もう2年も会えないと思うと朝まで飲んでいたかったけど
さすがに体力も持たず。。。もう歳か?!
楽しく飲んで終れた。


早朝に成田を出る。
途中経由は仁川。
仁川の出発が20分ほど遅れたが
無事モンゴルはチンギスハーン空港に到着したでー。

人生2回目のモンゴルは4年振りにして初の
空港
前回は国際列車やったからね。

そして言うまでもなく寒い。
毎晩−25度
さっきベランダでタオル回したら
2分でカチカチ
そんな国です。

また落ち着いたらちゃんとこっちの話書きまーす!!


mic


 題名のとおり
生まれ育った街京都で過ごす最後の夜。
おそらく次の更新はモンゴルからになるでしょう。

そんな今夜は甥っ子まで来て家族で飯を食い、
一家団欒を楽しんだ。
あさっての今頃はもうモンゴルにいて
向こう2年間の生活が始まって
まぁ最初はなれてなくて
何なら財布なんかスられてるのかも。

実際派遣にあたっての実感は
一切無い

さっき先輩に電話で
「それはちゃんと準備してたからだよ」
と言われたけれど
そうは思わない。
というかもっと実際準備できたと思う。

でもそんなことは置いといて
俺は明後日モンゴルに着く。


何度も思いながら
当面の故郷となる
京都の寒空を見ながら
吸うタバコは
いつもより減りが遅く
やけにオイシイ。


mic


 パッキングが終わり、やっと?まぁ行く準備が一旦落ち着いた。
これから始まる2年は俺の人生にとって最高の時間にすると誓ってから約1年。

長かった
様で
短かった。

昨日今まで知り合った友達にmailを送った。
「携帯解約するんで今後は下記アドレスに・・・」てきな。
そしたらだ。
まさかの概算で40通以上。
行ってらっしゃい的なメッセージが届いた。
1日中携帯なりっぱなしの1月3日でした。

ほとんどすべてのmailに返信できてない。
でも
みんなの声は確実に届いた。
最高のモチベーションをありがとう♪

が、
年末に対照的なこともあった。

2か月前にフラれた女から小包が届く。
中を開けてみるとそこには1冊のアルバムが。
大学時代の友達をはじめ共通の友達からのメッセージが。
別れる前から作っていたらしい。

でも
そこに彼女からのメッセージはなかった。
そこで俺は完全に突き放された感覚に。

というのも俺自身大学からの友達とは交流がまだあるし
彼女じゃなくて別の誰かから渡すこともできたもの。
でも彼女から届いた。
彼女自身のメッセージも無く。

それは友達からのメッセージアルバムであったから
まるで「私はもうあなたの友達でもありません」
と言われたかの様だった。
というかそう感じた。

そうしたらなんか急にさみしくなった。
出会って6年。
付き合って2年半
別れ際に「応援してる」って言ったくせに
嫌いになって別れたわけじゃないのに
俺らが積み重ねてきたものって何だったんだろうね??

そのすべてを否定された気分になった。
俺はこのアルバムを任国へもっていかない。
持っていけない。
完成していないから。

とはいえ今はもう引きずってないし
どうでもいいんだけど
「友達として」腹が立った。というか失望した。

そんなこんな愚痴をこぼしてみたけど
俺、元気やでー!!!!!!!!!!

待ってろ任国
待ってろ教え子
待ってろ世界



mic


footprints ブログパーツUL5